さてさて。
NZ生活も残り3ヶ月ほどになりました。この辺から、拠点をロトルアのバックパッカーズホテルにおくようになります。
カメラの盗難が多いというので、ホテルのオーナーに預かってもらっていることが多くなり、そのために写真が少なくなってしまいました。
なので、全てを写真で紹介できず、読者である皆さまの想像力に頼ることになりますが、何卒ご了承くださいませ。
5月16日
ロトルアのバックパッカーズホテル「ロトルア・セントラル・バックパッカーズ」(以下、RCBP)を出ると、一路、海沿いの町タウランガを目指しました。
ロトルアからは非常に近く、確か100キロ離れていなかったように思います。違ったらごめんなさい。
天気が良く、もうすぐ冬とは思えない暖かさです。最近、気に入ってよく口ずさむ「MY WAY」の知っている所だけを大きな声で歌いながら、愛車プジョーを走らせました。
1時間ほど走ると、早くも海が見えてきました。
おお~海だ、海だ。やはり僕は海が好きなようです。
道路標識を見ながら、例によって適当に走ります。
町に入る前に宿の目星を付けておこうと、路肩に停めて地図をめくりました。
幾つか候補があがりました。第一希望から攻めて行きます。
しか~し、どこも満室、もしくはスーパーが遠かったりと、うまいこといきません。しかも、町なので何か落ち着きません。
これも神様の御意志なのか?と思いながら走り続けると、隣町のマウントマンガヌイに出ました。
ここは観光地っぽいところで、綺麗な海と輝く太陽が売りの小さな町でした。
釣り場も近そうだし、この町にするべえ、と急遽変更。一人ぼっちのさすらいのいい所です。
さて、宿です。
バックパッカーズも良いのですが、せっかくタウランガを振ったのですから、綺麗な星空の下でロマンチックな気分に浸って寝てやろうと思い、キャンプ場にしました。
幸い、目の前にキャンプ場があります。しかもうまい具合に海岸に面した素敵な場所です。
受付に行くと、お姉さんが若い男性と楽しそうに会話してました。
「こんにちは!」
目一杯爽やか路線で挨拶したのですが、ジロッと一瞥をくれられ、めんどくさいな~という感じで挨拶を返されました。
どうやら怪しい東洋人にボーイフレンドとの楽しい時間を邪魔されたのがいけなかったようでした。
しかし、僕はお客さんなので負けちゃならねえと、全く気にしてないぜと言う顔をして、「一泊頼むわい」と言いました。
本当は一週間ほど美しい海辺でバカンス気分を楽しむつもりでしたが、値段表を見て気が変わりました。
キャンプ場ですと、テントの場合は大抵1泊10ドルくらいなのですが、なんと15ドルもします。冗談じゃありません。
20ドル札を一枚渡しました。
ガムをかみながら、黙って紙を差し出しました。どうやら名前を書けということらしいです。
あまりの無愛想振りに驚きつつもハイハイ、分りましたと聞き分けの良い日本人ぶって従いました。
鍵もまた同じように黙って差し出してきました。
さあ、行きな。という感じの視線を送ってきました。
「まだ、お釣りをもらっていないのだけど」
と言うと、態度は一変し、顔を真っ赤にして、「あら~ごめんなさい」と笑いながら5ドル札をくれました。
どうやら根はNZ人らしく良い人そうで安心しました。
とりあえず設営。
この写真の右側は海。
こんなに素敵な景色が広がっています。
お~海じゃ、海じゃ。
釣りができそうな場所はないかのう・・。
てくてくとサンダルで岩場をよじ登り、釣り場を探し始めました。
良いなという所には既に釣り人の姿があります。
おや、向こうから釣り人ッぽいおじさんが歩いてきました。
「おじさん、釣れました?」
おじさんはニンマリと笑うと、重そうなクーラーを開けて中を見せてくれました。フタは完全に閉まっておらず、端からカウアイの尻尾が覗いています。
あらあら大漁です。
カウアイ、カサゴのような魚、鯛の子供などなど。餌のイカの切り身と一緒に無造作にぶち込んでありました。
クーラーの底には魚の血と冷凍イカの汁が溜まり、物凄い臭いを放っていました。おじさんは気にしないで手を突っ込み、ドロドロの手で1匹1匹を解説つきで話してくれます。
「これはな、カウアイと言ってな、掛かるとギュイ~ンと走るンじゃ・・」
「これはな、スナッパーと言ってな、掛かるとググンググンと走るんじゃ・・」
どれも似たような話で退屈しそうになるのですが、無邪気に一生懸命話してくれるおじさんが好きで小一時間話しこみました。
最後に「たくさん釣れるといいな」と言った後、大きな手で僕の背中をバシバシと叩きました。
あれ、手を洗ってなかったような・・
生臭い~!!
おじさん、頼む、手を拭いてからにしてくれ~・・。
おじさんは去っていきました。
気に入っていたシャツの背中が生臭くなってきたので、一度砂浜に戻り、軽く洗いました。
宿に泊まる時に洗濯しようっと。
渚でシャツを洗っていると、小さな女の子が走ってきて、ぐっと拳を突きつけられました。
何かが握られています。
小さな手をパッと開くと綺麗な貝殻がありました。
どうやらくれるということらしいです。
「ありがとう」の幼児語で「ター」と応えると、満足そうな笑みを浮かべて母親の元へ戻っていきました。
一応、怪しいものではありませんぜという意味で母親に手を振っておきました。
たった一日の釣りのために高い冷凍イカを買うのもアホらしいので、今日は釣りは我慢して海岸を日が暮れるまで歩き倒してやると決めました。
なんだか知らぬ間に貝殻を拾っている自分に気が付き、
俺も丸くなったものだぜ、フッ。
と呟いておきました。
左手には、収まるだけの貝殻がいっぱい。
特に珍しいのがなかったので、幾つかを車に放り込んで残りは「星屑になりな!」と叫びながら海へ返しました。
星が何とも言えず綺麗な夜です。
テントから頭だけ出して上を向いていたのですが、2時間ほどで飽き、やることがなく、つまらないので寝ることにしました。
5月17日
なんだか無性にロングドライブがしたくなりました。
海釣りもしたいです。
こうなると、馴染みがあり、海のあるネイピアに行きたくなります。みんな元気にしてるかなあ?と思い始めると、会いたくてたまりません。
受付の姉さんにわざと無愛想な顔で鍵を突き返しておくと、プジョーに乗り込み、ロトルアへ戻るコースでネイピアへと向かいました。
そもそもネイピアという名前の響きがかっこよくて好きです。
数時間をかけてネイピアに着きました。
カモメが飛び交う海の町。
帰ってきたなあ・・と思うのは大好きな町である証拠でしょう。
アクアロッジに乗り込むと、見慣れた長期滞在者の顔が一斉にほころびました。
「タロー、やっぱり帰ってきたか!」
会う人全てに「やっぱり」と言われると、ちょっと悔しいのですが、まあいいです。
アクアロッジに泊まったものは、必ず帰ってくるというジンクスが本当であると言うことを僕は身をもって知ったのでした。前回泊まった部屋は幸い空いていました。
シゲの代わりにイングランドから来ているアンディという男の子がいるようです。それに元からいたケイコさん。
ケイコさんは、キッチンにいて大して驚いた様子もなく、受け入れてくれました。
「やっぱり帰ってきたのね~」
ここでも「やっぱり」。ジンクス恐るべし。
名前を忘れたけどインド人のおじさんも「やっぱり」と言っていました。
この晩は当然飲み会。
酒好きのケイコさんは、相変わらず3リットルのMYワインを小脇に抱え、おいしそうに飲んでました。
5月18日
二日酔い。
うう、頭が痛い。不覚にも飲みすぎました・・。
しかし、釣りに行かねば。海が呼んでいる・・。
ロトルアで買っておいた海釣り用の竿を車に放り込み、スーパーで冷凍イカを買って灯台へ。前回、ジェームスに教えてもらったポイントです。
本屋で釣り雑誌を立ち読みしたのですが、今日は残念ながら潮は悪いそうです。でもまあ何とか釣れるでしょ、と気楽に出かけていきました。
NZでは魚は高いので僕のような貧乏ワーホリには食べようと思うと釣るしかないのです。
さあ、頑張って釣るぞ!
しかし、こんな小さいのを1匹。
逃がそうと思ったのですが、アワセた瞬間に巨大で破壊力のあるNZ製の針が脳天を貫通し、小さな命を奪っていました。ナンマンダブ。
なんと釣果はこの1匹のみ。ヤマメサイズのカウアイでした。
半身は白ワインで蒸し焼きにし、残りの半分と骨や皮はお吸い物にしました。醤油と塩で味付けし、なかなか美味かったです。
これから1週間ネイピアにいるので、3リットルのワインを買い込んでおきました。この量で15ドルくらいというのが恐ろしい・・。
日本ですと安ワインなんぞ飲めたものではありませんが、NZは実に美味い!!おまけに種類も豊富にありますので飽きません。
僕の好みは辛口の白ワインに落ち着きました。
アンディは酒に弱いと言うので、奴は紅茶、ケイコさんと僕は白ワインで宴会。
これから毎晩、毎晩、日本語といい加減な英語での会話を肴に飲み会が続くのでした。
あ~幸せ。
5月19日
今日も二日酔い。
新聞の釣り欄を見ると、「BAD」と言う文字の横にご丁寧に弱った顔をした魚のイラストがあります。
今日もシビアだろうな~と覚悟をしつつ、出発。
やはり最悪の結果・・。
おまけに暴風で飛ばされそうになったので、すごすごと宿に戻りました。
暇だ・・。
この町は本当にやることが無い・・。
仕方が無いので、町をぶらつくことにしました。
おや、映画館がある。ポケットに手を突っ込むと10ドルあります。
よし、行けるな。
運良く、観たいと思っていたマトリックスの2作目が10分後に始まるというので、観る事にしました。
5月20日
これから同じように平和な日々が続くので、淡々と変化のあったところだけを書くとします。
・なぜか運動会に出る夢を見てしまい、妙に疲れた状態で釣りへ。カウアイ1匹。
・釣り場で犬になつかれ、服をひどく汚される。
・オーナーが部屋の改装をやるというので、手伝う。
5月21日
・カウアイ1匹、クリーム煮で食べた。失敗してしまい、魚には申し訳ないことをしたと反省。
・長期滞在者が1人、他の町へ移動するというので送別会。それを口実にケイコさんは一晩で3リットルワインを空けていた。肝臓ダイジョウブデスカ?
5月22日
・風が強く、釣りに行けなかったので、2年近く宿に住んでいるジョンというおじいさんと2人でおしゃべり。最後の方はめんどくさくなってきて殆ど日本語で話した。不思議と通じていたのが面白かった。
・夕方になると、リンゴの箱詰めに行っていた面子が帰ってきたので、庭でサッカーをやる。アイルランド人で異常にうまい奴がいた。アンディもなかなかうまかった。僕はひとり息を切らして死にそうにしていた。
5月23日
・雑貨屋に行ってクシを買う。
・ジョンがお菓子を作っており、それを隣で見ていたら、ジョンがふざけて熱したスプーンを突きつけてきた。当然ヤケド。当然、ゲキド。
・ケイコ、アユミと隣町にまでアイスを食べに行った。女どもはなぜ甘いものが好きなのかが理解できない。
・この日は遂にネイピア最後の夜。当然、大酒。みんな一品ずつ料理を持ち込み、パーティー。
5月24日
・当然二日酔い。
・久し振りに大雨。
・左足の親指の先を蚊に食われ、悶絶。(こんなことまで日記に記している自分のマメさに感動)
出発の準備が済むと、玄関前に並んでいる宿仲間一人一人に別れを告げ、握手。
アンディは小さな声で「気をつけて、良い旅を」と呟きました。雨音にかき消されるような小さい声でした。
ケイコさんは得意の3リットルワインの空き箱に直筆サインをくれました。なんのこっちゃ?魔除けか?
リエさんもロトルアに行くと言うので、助手席に乗ってもらいました。
次にアクアロッジを訪れた時、果たしてこの中で残っている人はいるのだろうか?そんなことを考えると、ちょっぴり切なくなってしまいます。
旅は一期一会ですなあ、としみじみ思いながら、出発。
ルームミラーで後ろを見ましたが、流れる雨でよく見えず。
リエさんは、乗り物酔いするというので、「すいません、着いたら起こしてください」と言い放ち、口を開けて寝てしまいました。なんだそりゃ?
上から、
アンディ。宿に住む日本人軍団、ジョンと僕、宴の席。
さらば、ネイピア。
ふう、次はロトルア。なんだかんだ言っても僕にとっては最も住みやすく、思い入れのある場所です。
RCBPに着くと、二人分のベッドを確保しました。念のため8人部屋です。妙な誤解の無いように。
オーナー夫妻は南島へ旅行ということで、留守番役としてバイトのローナが頑張っていました。
居間にはシンイチさんという日本人男性がおり、色々な話をしました。
彼はNZで暮らすこと数年。多くのことを教えてもらいました。
旅がお好きなようで、カナダでの大自然、大冒険譚は聞いているだけでワクワクしてしまいます。良い人に出逢えました。旅に感謝。
5月25日
宿で仲良くなったイングランドの男性(名前を忘れてしまいました。男の名前は基本的に忘れるようです)が釣りに行きたいというのでノンゴタハ川へ案内。
久し振りに鱒を釣り、大満足。やっぱフライは楽しいなあ・・。
昨日の雨により、車のトランクが大変なことに。僕のプジョーは雨漏りがひどいのです。
除湿剤を買いに町へ出ました。
しかし、うっかり辞書で除湿剤は何と言うのかを調べてきませんでした。まあ、何とかなるでしょう。
「え~とね、TVのコマーシャルでカバが大きく息を吸って、部屋が乾燥する奴」
という、物凄い粗筋をたどたどしい英語で話し、分ってもらいました。
商品名は「HIPPO」。ようやく分ってもらったと思ったら、
うちじゃ売ってないよ。
ぬぬっ、何てこった。
困った顔をしていると、レジのお姉さんが電話帳を持ってきてくれて、あちこち電話してくれて、ようやく見付けてもらいました。
良い人じゃ。
こうして無事に除湿剤を入手し、意気揚々と宿へ帰ったのでした。
部屋に戻ると、イングランドのジェイソン、アンドリューと雑談。パッと見はかなり怖い兄さんですが、なかなかひょうきんで良い奴でした。
5月26日
リエさんは恋人の待つ北の町へとバスで旅立ちました。
僕は宿で知り合った釣り好きのフランス人(名前が聞き取れず、というよりフランス名は実に口で表現し辛く、最も近いと思われるリシューと呼んでおきました)とノンゴタハ川へ。
こいつは釣り慣れていたので、教えるのは楽でした。
何匹か良いサイズが釣れたので、喜んでもらえました。いやあ、良かった。
5月27日
遅めの朝食をとった後、公園を散歩し、ベンチに座ってカモメに餌をやっていました。老人みたいだなあと自分の行動がおかしくなり、急遽思い立ってジョギングしました。
少し天気が悪くなってきたので、受付で映画のビデオを貸してもらい、居間で寝そべって観ることにしました。
ソファの隣にフランス人のおばあちゃんが座り、話しかけてきました。
しかし、英語なのですが、全く聞き取れません。どうやらこれが旅人が言っていたフランス訛りというものらしいです。
幸い、後から部屋に入ってきたインド人のおばちゃんウィジーが通訳してくれ、少しだけ会話を楽しみました。
その後、ウィジーとは夕飯も一緒になり、色んな話をしました。特に英語の先生としてはうってつけで、的確な表現で教えてくれます。しかも、聖母のような性格なので根気よく話し相手になってくれます。
いい先生に出会えました。
この写真はウィジーの娘さんに撮ってもらったのですが、この娘は母親とは対照的な性格でした。不思議なものです。
冬になるというのに僕はいつもサンダル。外へ出る時は、ダウンジャケットにサンダルという不可解な格好。
部屋に戻ると、陽気なイングランドのおばちゃんヴァージニアがいました。
彼女も良き英語の先生で、親切に教えてくれました。
やはり言葉を覚えるのは学校よりも直接外国の方とお話しするのが一番だなあと実感するのでした。NZにいる間は片っ端から話しかけて勉強しようっと。
5月28日
せっかく仲良くなったウィジーはイングランド(彼女はイングランドで看護婦をやっているそうです)へ帰ってしまうとのこと。残念・・。
居間で面白そうな本を見つけたので、それを持って公園へと向かいました。しばらく読書に夢中になっていましたが、寒くなってきたので宿へ。居間に本を戻すと、見慣れない男が座っていました。
「ハーイ」と眉毛をあげ、薄ら笑いを浮かべて挨拶してきます。誰がどう見てもまともな仕事をしている男じゃないなというのが見て取れます。
はっきり言ってしまえば、チンピラです。
しばらく一緒にテレビを見ていましたが、「どうだい、裏に行かないか?いいものがあるぜ」と誘ってきます。
他の人は関わり合いになるのを恐れてか、逃げるように退散していきます。
「行かないよ」
とはっきり断ったのですが、しつこく誘ってきます。少し強めに断ると、諦めたようで退散しました。妙にがっかりしていたので少々、悪い気がしましたが。
しかし、10分後、奴は現れました。
今度はハンバーガーとポテトを持って立っています。
「食べなよ、腹減ってるだろ?」
とても減っていたので、「うん」と即答しそうでしたが、堪えました。これを食べてしまうと、後が怖そうです。
「いらねーよ」と突っぱねると、いよいよ悲しそうな顔をします。
困ったものです。
「俺の名前はアッシュっていうんだ。」
「俺はタロー」
「なあタロー、お前タバコ吸わないか?凄くうまいのを手に入れたんだ」
そう聞いた瞬間、あっ、こいつマリファナ売りのチンピラかと気付きました。
「俺は吸わないし、マリファナには興味は無いね」
と自分でもビックリするほど冷たく斬り捨てました。ねえ、行こうよ、行こうよ~と顔に似合わず甘えた声を出してきます。
ものすごくしつこいので、
「分ったよ。5分だけな」
と言って、ハンバーガーを一つ紙袋から横取りしておきました。
裏に行くと、アッシュは大袈裟なアクションをして懐からマルボロを取り出しました。
NZでマルボロはとても高価なものです。こんなちんぴら風情の若者がマルボロを吸っている・・。
こいつマジでヤバイ奴かもな・・。さすがに身の危険を感じ始めました。
アッシュはマルボロをくわえると、不器用な手つきで火をつけてスパ~。
しかし、次の瞬間、
ゲホゲホッ、
おえ~。
おいおい、アッシュ大丈夫か?
お前それでも不良か?タバコぐらい普通に吸えないのか?
それにむせるなら最初から吸うな~!
涙目のアッシュは、
「タロー、マルボロは最高だ。お前にも一本やるよ。安心しろ、それは普通のタバコだ」
「いらん。俺はノンスモーカーだ」
おいおい、何が最高だよ。君の姿を見たら最高とは思えないよ。そう言いたかったのですが、僕の語学力では所詮は叶わぬ夢。
アホらしいのと、気が抜けたのもあってアッシュを捨て置いて、部屋に戻ることにしました。
どうやら本物の極悪チンピラではなく、ただの小心者のようでした。
高校時代に中途半端な不良がびくびくしながらタバコを吸ってるのが重なり、思わず笑ってしまいました。
部屋に逃げ込んだので、これで奴も追ってはこれまいと安心しました。
しか~し。
奴は入ってきたのです。
そして、向かいのベッドに横たわり、ニンマリ。
うわ~最悪。こいつと相部屋かよ・・。
早く出て行かないかなあ・・。と僕は当然のように思ったのでした。
アッシュは周りをキョロキョロ見ながら、にじり寄ってきました。
「タロー、頼むよ。20ドルでいいからさ。極上モノなんだよ~。俺、これが売れないと殺されちゃうんだよ~」
なんて言ってきます。
それも冗談何だか本気なんだかよく分らない表情です。
とにかく一緒に居るのが嫌だったので、「NO!」ときつく言って部屋から出ました。
「さっきのハンバーガー代だ」と言ってポケットにあった5ドル札を突きつけました。
さすがに今度は追ってきませんでした。
それから何とかして彼に会わないように夕飯とシャワーを済ませ、ベッドに潜り込みました。
その晩は、みんなアッシュを警戒して、貴重品を抱いて寝ていました。
明け方近くになってから奴はベッドに潜り込んだようでした。
5月29日
アッシュに付きまとわれると面倒臭いので、頑張って早起きして弁当を作って釣りへ行きました。
ここまでは追ってこれまい。
この日は鱒の機嫌がよく、釣果は素晴らしいものでした。
宿へ帰ると、奴は待っていたようで、
「タロー、待ってたよ。映画でも観ようよ。借りてあるんだ」
さすがにこれだけ無邪気に付きまとわれると、根負けしてしまいます。
まあ、映画観るくらいならいいか。
「分ったよ。映画観るだけだよ」
「ああ。安心しろよ、例の物は昨日、売ってきたから。もうタローには売りつけないよ」
それを聞いて安心。
しかし、映画は1本だけかと思ったら、なんと3本。
6時間以上も付き合わされてしまいました。
しかも全てガンアクションもの。
終了後、ようやく解放されたと思いきや・・
アクション映画に感化されたアッシュは、抑えきれないエネルギーを何かにぶつけたくなったらしく、
「おい、タロー。お前のサンダルを脱いで、こうやって持ってくれ」
と、ボクシングのパンチングミットのように構えるように命じられました。
流れとして、当たり前のように僕はアッシュのボクシングレッスンに付き合わされることになってしまいました。
夜になり、皆が観光から戻ってきて随分と賑やかになってきました。
その中で僕とアッシュはサンダルめがけてパンチを放つのです。
気付けば僕はアッシュにコーチされ、鋭い右フックをマスターすることができました。
ああ~誰かこのわけの分からない男から解放してくれ~。
いい加減疲れてきたし、みんな関わり合いを恐れて助けてくれそうになかったので、僕から「止めようぜ」と言う羽目になりました。
アッシュは、「そうだね。」と妙に爽やかな顔をしています。
その目はあどけなく、まだ10代のようでした。22歳と言っていますが、恐らく18歳くらいでしょう。
アクション映画の興奮がまだ冷めていないアッシュは一人でエキサイトしながら、今度は包丁とまな板を相手に何かリズムを刻んでいます。
僕以上に影響されやすい人間を見たのは産まれて初めてです。
でも、なんだか悪い奴ではなさそうです。パッと見は本当に悪そうで、体中に刺青をしているし、ヤバイ感じなのですがねえ。
外でパトカーのサイレンが聞こえると、いつの間にか僕の隣に来ていたらしく、低く呟きました。
「俺は警察が嫌いなんだ。」
はい?
アッシュは続けます。
「子供の頃、俺のオヤジが警察に捕まった。その一部始終を俺はこの目で見て覚えている。オヤジは8人の警察に囲まれたんだ。でも、一瞬で全員を殴り倒したんだぜ。でも、結局は銃で殴られ、地面に転がったよ。それ以来、俺はオヤジに会っていない。あいつら白人はマオリが嫌いなんだよ。」
「え?なに、お前マオリなの?」
外見は白人なのですが、言われてみるとマオリっぽいような・・。
どうやらこの国の陰の部分を見てしまった様な気がします。
それにしても嘘臭いアッシュの話。でも、本当のような気もするし・・。単純に映画に影響されてしゃべっているような気もするし。
凄いワルにも見えるのですが、汚れたテーブルを布巾で綺麗にしたり、調理器具を整理したりと、いいことをしたりもする・・。
アッシュ・・。こいつは一体何者なんだろう・・。
5月30日
今朝はうっかり寝坊をしてしまい、アッシュに捕まってしまいました。
どういうわけか、奴は僕のことを気に入ったようで、ずっと付きまとってくるのでした。
でも、まあ今までずっとつれなくしすぎてきたので、今日くらい付き合ってやるかと思い、誘われるままに一緒に町を歩いたのでした。
アッシュはとにかく悪ぶって、道端に唾を吐きたがるし、蟹股で歩いて、ヘタクソなラップを口ずさみます。
ひとつ気になったのは、出会う不良っぽい少年達が目をそらすことでした。実はこのアッシュ、不良の世界ではとんでもなく有名だったりして。
大人たちは眉をひそめ、怪訝そうな目でこちらを見ます。
東洋人と地元のワルが一緒に歩いているのが不思議だったのでしょう。
冷蔵庫に食材が無くなったので、ついでにスーパーに寄ることにしました。
レジの女の子がアッシュを見ると、眉をひそめました。
そう意識しだすと、周りが妙に冷ややかな視線を送ってくる感じがします。
とても嫌な気分でした。
アッシュは気にしないで相変わらずヘタクソなラップを披露しています。
スーパーを出ました。
その時から、何だか誰かに見られているような嫌な感じがしました。
先ほどまでいなかった所に警官が2人立っています。
アッシュは、さりげなく、
「タロー、あっちへ行こうぜ」と警官がいない方に誘導しようとします。
曲がり角を過ぎると、
「タロー、逃げろ!」
はい?
アッシュは無理矢理僕の腕を掴むと、駆け出しました。
マジかよ、面倒事は嫌だなあ・・。
買い物袋をゆっさゆっさと振りながら、宿へ戻りました。
アッシュは何事もなかったような顔をしようとしていますが、追い詰められた野生動物のような表情を浮かべています。手を差し出してきました。
本能的に僕は、その手を払いのけてしまいました。
アッシュの顔に悲しい表情が浮かびました。
その時です。
玄関の方から、低い声で鋭く、
「フリーズ!」
(動くな)
ビックリして振り向くと、警官が2人立っていました。
1人は両手に何かを持って突き出しています。
拳銃でした。
何だか訳が分からなくて、一瞬血の気が失せました。
アッシュのマリファナ関係か?
僕も売人と間違えられた?
警官は静かに僕に向かって話しかけました。
「君、彼の名前は知ってる?」
「はい。・・・」
この瞬間、アッシュは大慌てで
「彼はただのルームメイトだ。関係ないよ!」
警官:「お前に聞いているんじゃないんだよ。私は彼に聞いているんだ」
不気味なほど静かに言いました。
僕:「彼の名はアッシュ。僕のルームメイトです」
その瞬間、アッシュは困ったというような表情をしました。
警官:「アッシュ。これが君の名前かね?」
アッシュはうな垂れたままで、
「NO・・」と呟きました。
「ルシ・・・・・・」と言いかけて、警官に向かって小声で囁きました。
警官は僕の方を見ながら、頷いた後に僕に言いました。
警官:「君はもういい。部屋に戻りなさい」
知らぬ間に乾ききった喉から、
「YES・・」だけを絞り出すと、僕は力なくキッチンへと向かいました。冷蔵庫にミルクを入れなきゃ。不思議とどうでもいいことを覚えていました。
1時間ほどでアッシュは僕の元へと戻ってきました。
「タロー、すまない。」
「アッシュと言う名前は嘘なのか?」
「うん、そうなんだ。本当にすまない。あいつらマオリが嫌いなんだ」
「お前、一体何したの?マリファナか?」
「色々だよ。タウポやタウランガの警察は俺のことを捜してるんだ。彼らは俺が昔何をやったかと言うことを知っているから・・
本当によく分からない・・。
追われるくらいならなんで釈放されるのだろう・・。それも銃を突きつけられるくらいだから、結構なワルなんだろうに・・。こいつ何?何者?
「俺、明日ここを出るよ」
アッシュは静かに言いました。
「そうか・・」
僕にはそれしか言えませんでした。
いきなり非現実的なシーンに立たされ、混乱したのもあったので、アッシュに何を聞けばよいのかも判断できず、ただ、「そうか」としか言えませんでした。
リビングに置いてあるギターを拾うと、アッシュは何か弾き始めました。
とても寂しそうなメロディーでした。
こいつかなりの寂しがり屋なんだな・・。
その弾き方が何とも言えず、実に寂しそうなので、とりあえず
「元気出せよ」
と言っておきました。
すると、突然アッシュは、ギターを放り投げ出しました。
なんだ、なんだ?
今度はなんだ?
僕は思わず構えてしまいます。
「タロー、ハカは見たことあるか?」
(注)ハカとは、マオリ族が戦闘時に見せる歌と踊りです。ラグビーのNZ代表「オールブラックス」が試合前に見せるあれです。
「ないよ」
「よし、タローに見せてやる」
アッシュは踏ん張って始めました。
とんでもなくデカイ声です。
ドシン、ドシンと床を踏み鳴らします。
数人が何事かと心配そうに見に来ましたが、刺青だらけの男が上半身裸で戦闘の歌を歌っているのを見て、震え上がり、すごすご退散しました。
アッシュは気にせず続けます。
いい声です。
それに迫力があります。
灰色の瞳は虚空を睨み、大声で歌を歌います。
思わず武者震いしてしまいました。
終わると、アッシュは
「タロー、お前、日記書いてたろ?それを貸してみろ。お前の日記にマオリの刺青のスケッチをしてやるから」
言われた通りに渡すと、床に腹ばいになって描き始めました。
マオリに伝わる伝説の怪物タニファをモチーフにしたものということでした。
これは今も大切にしまってあります。
この晩、アッシュはキッチンでワインを飲みまくって大騒ぎしていました。
僕はベッドに潜り込んで、今日のことを思い出していました。
階下でアッシュが咆えているのが聞こえます。
ハカをやってたアッシュはカッコよかったな。
あいつは何者?何をやったんだろう?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
まどろんでいると、ベロベロに酔ったアッシュが枕元に来ました。
「タロー、お前も飲もうぜ。寝てるんじゃないよ」
「悪い、俺は眠いから寝る」
今、思うと付き合って飲んでやればよかったかな?とも思うのですが、得体の知れなさに怯えていた僕は恥ずかしながら、知らんぷりという一番安易な方法をとってしまいました。
ごめんなさい。
突然、アッシュは気持ち悪くなったようでトイレへ駆け込みました。
それ以後、ベッドとトイレの往復です。
気の毒なのはアッシュの隣りのベッドにいる気の弱そうなイギリス人です。すっかり怯えてしまっており、寝ていないようでした。
アッシュが部屋に入るたびにビクッ!としているのがよく分ります。
アッシュは一晩中、苦しんでいました。
コップに水を汲んでやりましたが、無理に笑顔を作って「大丈夫だ」と言って受け取らないのです。
ハカを見せたアッシュの中に眠る誇り高いマオリの血が、こんなどうでもいい所で、そうさせたのでしょうか・・。
一生懸命、突っ張って生きようとしているアッシュが不憫でなりませんでした。
アッシュが落ち着いてきたので、僕は再びベッドに潜り、眠りに落ちました。
深い眠りの最中、誰かが枕元に立っている気配を感じましたが、目蓋はとても重く、僕はそのまま寝てしまいました。
朝起きると、アッシュのベッドは空でした。
ベッドの下は、昨晩アッシュが吐いたものが散乱し、掃除のオバちゃんが怒るだろうな・・というのが安易に想像できるのでした。
アッシュ。
最後まで本名が分らないし、行動も存在すらも謎だらけの男。
今回は、これでおしまいです。